大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和52年(行ウ)53号 判決 1980年2月28日

東京都中野区中央四丁目一番八号

原告

富士恒産株式会社

右代表者代表取締役

横井多加吉

右訴訟代理人弁護士

末政憲一

山地義之

叶幸夫

東京都中野区中野四丁目九番六号

被告

中野税務署長

後藤喜一

右指定代理人

金澤正公

大平靖二

林昭司

佐々木正男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事事

(当事者の求めた判決)

第一、原告

被告が昭和五一年三月三一日付でした原告の昭和四八年九月一日から昭和四九年八月三一日までの事業年度の法人税についての更正処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

第二、被告

主文同旨

(当事者の主張)

第一、請求原因

一、原告は、不動産の賃貸、管理を業とする同族会社である。

二、原告は、原告の昭和四八年九月一日から昭和四九年八月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税について昭和四九年一〇月三一日青色申告書により確定申告をしたところ、被告は、昭和五一年三月三一日付で、原告が本件事業年度の第三五期決算報告書の貸借対照表負債の部Ⅲ引当金欄に計上していた圧縮引当金一億七、七六四万二、四六七円を益金に加算し繰越欠損金五四七万五、八六五円を益金から減算する更正処分(以下「本件更正処分」という。)をした。原告は、これを不服として異議申立て及び審査請求をしたが、いずれも棄却された。その経緯は、次表のとおりである。

<省略>

△は欠損金額である。

三、しかし、本件更正処分が圧縮引当金一億七、七六四万二、四六七円を益金に加算したのは違法であるので、その取消を求める。

第二、請求原因に対する認否

請求原因一、二は認めるが、同三は争う。

第三、被告の主張

一、本件更正処分の内容

本件更正処分は、原告の確定申告に係る欠損金額八万五、〇三四円に次の金額を加算及び減算し、所得金額一億七、二〇八万一、五六八円としたものである。

加算金額

圧縮引当金 一億七、七六四万二、四六七円

減算金額

繰越欠損金 五四七万五、八六五円

二、本件更正処分の根拠

被告が本件更正処分において原告の確定申告に係る欠損金額に右のように加算及び減算した根拠は、次のとおりである。

1、圧縮引当金 一億七、七六四万二、四六七円

(一) 被告は、原告の本件事業年度の確定申告書に添付されている第三五期決算報告書の貸借対照表負債の部Ⅲ引当金欄に記載されている圧縮引当金一億七、七六四万二、四六七円について調査したところ、次の(1)ないし(3)の理由により、右引当金は租税特別措置法(昭和四九年法律第一七号による改正前のもの。以下「措置法」という。)六五条の七第一項に規定する特別勘定であると認められた。

(1) 原告の昭和四五年九月一日から昭和四六年八月三一日までの事業年度(以下「当初事業年度」という。)についての確定申告書に添付されている第三二期決算報告書の貸借対照表負債の部Ⅲ引当金欄に記載されている圧縮買換引当金一億七、七六四万二、四六七円は、右確定申告書に添付されている別表一四(五)(特定資産の買換えの場合の課税の特例の適用がある場合の損金算入に関する明細書)の記載内容からして、措置法六五条の七第一項に規定する特別勘定として経理し買換資産の取得にあてようとする金額であると認められること

(2) 原告から昭和四七年八月三〇日付で被告に措置法六五条の七第一項及び同法施行令(昭和四九年政令第七八号による改正前のもの)三九条の六第一八項の規定に基づく特定資産の買換えの場合における特別勘定の設定期間延長承認申請書(以下「期間延長承認申請書」という。)が提出されていること

(3) 原告の当初事業年度の確定申告書に添付されている第三二期決算報告書の貸借対照表負債の部Ⅲ引当金欄に記載されている圧縮買換引当金一億七、七六四万二、四六七円は、翌期以後も各確定申告書添付の貸借対照表負債の部Ⅲ引当金欄に圧縮買換引当金として同一金額のまま引き継がれており、本件事業年度においては、確定申告書に添付されている貸借対照表負債の部Ⅲ引当金欄に圧縮引当金と記されているが、金額が同一であることからしても、当初事業年度の圧縮買換引当金と本件事業年度の圧縮引当金は全く同一のものであると認められること

(二) ところで、措置法六五条の七第一項の規定の適用を受ける特別勘定は、それが買換資産の取得指定期間経過後も残存する等同条四項各号に掲げる場合に該当することとなったときには、当該各号に掲げる金額は、その該当することとなった日を含む事業年度の所得の金額の計算上、益金の額に算入されることとなるところ、本件においては、前記(一)(2)の期間延長承認申請書に基づき被告が承認した買換資産の取得指定期間は、昭和四八年一一月三〇日であった。

然るに、原告は、特別勘定として経理した前記一億七、七六四万二、四六七円を右取得指定期間を経過する昭和四八年一二月一日においてもなお特別勘定として残存させながら、取得指定期間を経過する日を含む事業年度である本件事業年度の所得の金額の計算上、右金額を益金の額に算入していなかったため、被告は、これを本件更正処分において益金の額に算入したのである。

2、繰越欠損金 五四七万五、八六五円

法人税法五七条(青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越し)の規定に基づく、本件事業年度において控除される繰越欠損金の額である。

第四、被告の主張に対する認否

一、被告の主張一は認める。

二、同二のうち、原告の本件事業年度の確定申告書に添付されている第三五期決算報告書の貸借対照表負債の部Ⅲ引当金欄に圧縮引当金一億七、七六四万二、四六七円が記載されていること、原告の当初事業年度の確定申告書に添付されている第三二期決算報告書の貸借対照表負債の部Ⅲ引当金欄に圧縮買換引当金一億七、七六四万二、四六七円が記載されていること、原告が期間延長承認申請書を提出したこと、被告が承認した買換資産の取得指定期間が昭和四八年一一月三〇日であることは認めるが、その余は争う。

第五、原告の反論

一、原告は、当初事業年度において、措置法六五条の六第一項の規定の表の各号の上欄に掲げる資産に該当する別紙一記載の借地権を合計一億八、七七三万五、六二四円で譲渡するとともに、当該各号の下欄に掲げる資産に該当する別紙二の一記載の買換資産を合計一億二、〇七六万七、五六二円で取得し、かつ、その翌事業年度以降の取得指定期間内に同じく右下欄に掲げる資産に該当する資産である別紙二記載の買換資産を取得する見込みであった。したがって、右資産の買換えについては、取得済分につき措置法六五条の六第一項により、また、取得予定分につき同法六五条の七第一項により、いずれも課税の特例の適用を受けることができるものである。そこで、原告は、当初事業年度の第三二期決算報告書の貸借対照表負債の部Ⅲ引当金欄に一億七、七六四万二、四六七円を圧縮買換引当金として計上した。

二、被告は、右圧縮買換引当金一億七、七六四万二、四六七円は金額が措置法六五条の七第一項に規定する特別勘定であると主張するが、次に述べる理由から、右圧縮買換引当金は、同法六五条の六第一項の規定する引当金勘定一億一、八〇八万六、五二一円及び同法六五条の七第一項の規定する特別勘定五、九五五万五、九四六円と認めるべきである。  1、原告は、前記のとおり当初事業年度において買換資産合計一億二、〇七六万七、五六二円を取得したが、措置法六五条の六第一項は「当該買換資産につき、その圧縮基礎取得価額に差益割合を乗じて計算した金額の範囲内で、・・・・・損金経理により引当金勘定に繰り入れる方法により経理したときに限り、・・・・・経理した金額に相当する金額は、当該事業年度の所得の金額の計算上、損益の額に算入する」と規定しているところ、原告の第三二期決算報告書においては、「損金経理により引当金勘定に繰り入れる方法」を借方(損益計算書経常損益の部営業損益欄)

売上原価 三億二、〇九二万一、八五三円

貸方(貸借対照表負債の部Ⅲ引当金欄)

圧縮買換引当金 一億七、七六四万二、四六七円

という経理によって表示し、また、「圧縮基礎取得額」を貸借対照表資産の部Ⅱ固定資産欄に

建物 八、九五一万四、七三一円

土地 三、一二五万二、八三一円

(ただし、買換対象外の土地勘定残高を除外)

計 一億二、〇七六万七、五六二円

と表示しているのである。そして、差益割合は、譲渡資産たる借地権の譲渡対価が一億八、七七三万五、六二四円、右借地権の譲渡原価が四一七万三、一七七円であることから〇・九七七八となることは明らかであるから、圧縮基礎取得価額に差益割合を乗じて計算した金額(一億二、〇七六万七、五六二円×〇・九七七八)は、一億一、八〇八万六、五二一円となる。

したがって、原告の右経理は、

借方

損益 一億七、七六四万二、四六七円

貸方

引当金勘定(措置法六五条の六第一項)

一億一八〇、八万六、五二一円

特別勘定(措置法六五条の七第一項)

五九五、五万五、九四六円

と認定すべきであり、被告も、当初事業年度の原告の法人税につき昭和四九年一〇月二六日付でした更正処分(以下「第一次処分」という。)において、圧縮限度額(措置法六五条の六第一項の規定の適用のある譲渡資産の範囲及び差益割合)は別として、前記圧縮買換引当金を引当金勘定五、四九四万四、一四一円、特別勘定三四四万一、六五一円と認定していたのである。

2、被告は、当初事業年度の確定申告書添付の別表一四(五)の記載内容から右圧縮買換引当金は特別勘定であると主張するが、右別表の記載は明白な誤記であり、このため被告は、これを引当金勘定五、四九四万四、一四一円、特別勘定三四四万一、六五一円と認定しなおしたうえ、第一次処分をしているのであって、右別表の記載をもって本件更正処分の根拠とすることは不当である。

3、仮に、原告の当初事業年度の経理及び申告が不明瞭であるとしても、特定の資産の買換えの場合等の課税の特例に関する税法上の処理手続は非常に難解煩雑であり、原告のような素人に完全な経理、申告を求めることは酷であるから、右特例の適用を求める意思表示がなされていれば、可能な限り納税者の利益になるようにこれを認めるべきである。措置法六五条の六第六項が「税務署長は、前項の記載又は添付がない確定申告書等の提出があった場合においても、その記載又は添付がなかったことについてやむを得ない事情があると認めるときは、・・・・・第一項の規定を適用することができる。」としているのも、こうした趣旨にほかならず、課税庁に職権で申告書等を訂正し、右特例の適用を認める義務を課しているのである。特に、本件においては、被告は、原告が買換資産を取得済みであることを税務調査の段階で了知していたばかりでなく、被告に提出した期間延長承認申請書の「その他参考となるべき事項」欄に、原告は、「既に取得した買換資産の一部につき前期45/9~46/8決算に詳細にその実額を計上申告している」と記載し、更に右申請書添付別紙裏面の「取得しようとする買換資産の内容」欄に別紙二の二記載の千葉市の土地建物のほかに、別紙二の一記載の中野区中央四-一-七所在の土地、鉄骨鉄筋コンクリート造五階建物を掲げ、これにつき「賃貸中」と記載し、すでに買換資産を取得済みであることを明らかにしている。また、被告も、右期間延長承認申請書に基づく「特定の資産の買換えの場合における特別勘定の設定期間延長認定通知書(以下「延長認定通知書」という。)において、前記中野区中央の土地建物を除外し、千葉市の土地建物について取得指定期間の延長を認めているのである(なお、原告は、右取得指定期間内である昭和四八年九月二五日特別勘定に係る買換資産として別紙二の二記載の土地建物を七、五〇三万九、一九一円で取得している。)。

このように、原告は、当初事業年度の法人税について、資産の買換えに伴う課税の特例の適用を求める意思を表示しているのみならず、すでに買換資産を取得していることを明らかにし、被告もそのことを了知している以上、たとえ、原告の申告及び経理が不明瞭であったとしても、被告は、原告の意思にそって善意に解釈又は釈明し、あるいは職権で申告書を訂正するなどして、措置法六五条の六と同法六五条の七の両規定を適用すべきである。

三、然るに、被告は、前記第一次処分後に至り、当初事業年度の譲渡資産の範囲及び差益割合は原告の主張どおりであるが、当初事業年度の決算書類に計上されている前記の圧縮買換引当金一億七、七六四万二、四六七円はすべて措置法六五条の七第一項の規定する特定勘定であるとして、昭和五一年三月三一日付で、当初事業年度の原告の法人税につき前記第一次処分を否定する再更正処分(以下「第二次処分」という。)を行うとともに、本件事業年度の原告の法人税につき、右事業年度に属する買換資産の取得指定期間経過後も右特別勘定が残存しているとして本件更正処分を行ったものである。

しかしながら、いったん原告の意思にそう第一次処分をしておきながら、その後においてこれを覆して原告に不利な第二次処分及び本件更正処分をすることは、禁反言の原則に反するもので、許されるべきではない。また、第二次処分及び本件更正処分は、原告が当初事業年度においてすでに買換資産を取得していることを無視するものであり、かかる実体と遊離した処分は租税法律主義及び税法上の実質主義に反するばかりでなく、原告は、第一次処分によって、譲渡資産の範囲及び差益割合は別としても、資産の買換えによる課税の特例を受けるための経理処理及び申告手続については問題ないと安心していたにもかかわらず、後に申告書の記載等の形式的な不備を理由にこれを否定することは、原告の信頼を裏切るものであり、信義則にも反するといわなければならない。

四、仮に、以上の主張が理由がないとしても、本件更正処分は、次の理由から違法である。

本件更正処分は、買換資産の取得指定期間経過後も特別勘定が残存していることを理由とするものであるが、本件の圧縮限度額については、当初原告と被告の間に争いがあり、第二次処分によってようやく原告の主張する一億七、七六四万二、四六七円が認められたのである。したがって、原告としては、この問題が解決してはじめて措置法所定の経理が可能になったというべきである。しかし、第二次処分がされたのは、取得指定期間である昭和四八年一一月三〇日を経過した昭和五一年三月三一日であり、原告は、取得指定期間内に所定の経理をしようにもできなかったのであるから、被告は、原告に対し第二次処分後に一般社会通念上合理的と認められる経理処理猶予期間を認めるべきである。然るに、被告は、本件更正処分を第二次処分と同日付でしたものであって、かかる処分は、著しく不公平であり違法というべきである。

なお、原告は、本件更正処分後において、合理的な経理処理猶予期間内と認められる昭和五二年二月一六日に正しい修正仕訳をした修正申告書を提出している。

第六、原告の反論に対する認否

一、原告の反論一のうち、原告が当初事業年度において措置法六五条の六第一項に規定する資産を譲渡したこと及び第三二期決算報告書の貸借対照表に一億七、七六四万二、四六七円を圧縮買換引当金として計上したことは認めるが、その余は不知。

二、同二の1のうち、被告が当初事業年度の原告の法人税について昭和四九年一〇月二六日付で第一次処分を行い、同処分が前記圧縮買換引当金を引当金勘定五、四九四万四、一四一円、特別勘定三四四万一、六五一円と認定したことは認めるが、第三二期決算報告書における経理から、圧縮買換引当金が原告主張のように認定できることは争う。同二の2は争う。同二の3のうち、期間延長承認申請書添付別紙裏面の「取得しようとする買換資産の内容」欄にその主張のような記載のあること、被告が延長認定通知書において千葉市の土地建物についてのみ取得指定期間の延長を認めたこと及び原告が昭和四八年九月二五日別紙二の二記載の土地建物を取得したことは認めるが、その余は争う。

三、同三のうち、被告が昭和五一年三月三一日付で第二次処分を行うとともに、原告の主張するような理由で本件更正処分をしたことは認めるが、その余は争う。

四、同四は争う。

第七、被告の再反論

一、原告の反論二について

1、措置法六五条の六第一項所定の経理処理(いわゆる圧縮記帳)は、買換資産につき、その圧縮基礎取得価額に差益割合を乗じて計算した金額、すなわち圧縮限度額の範囲内でその帳簿価額を損金経理により減額し、又はその帳簿価額を減額することに代えてその圧縮限度額以下の金額を損金経理により引当金勘定に繰り入れる、というものである。そして、圧縮限度額以下の金額を損金経理により引当金勘定に繰り入れる場合の経理は、

借方

(建物等)買換資産圧縮引当金繰入損 ×××円

貸方

(建物等)買換資産圧縮引当金 ×××円

と記帳されるべきものである。

しかし、原告の第三二期決算の会計書類からは、どのように解釈しようとも、措置法六五条の六第一項の規定する正規の経理処理を行ったものとは認められず、同法六五条の七第一項の特別勘定の処理を行ったとしか解し得ないものである。すなわち、措置法が一定の会計処理がなされていることを特定の規定の適用要件としている場合において、その会計処理がなされているとの判断を下すについては、「一般に公正、妥当と認められる会計基準ないし慣行」に基づいて作成された財務諸表から当該会計処理がなされた事実が明瞭かつ客観的に確認されることが必要である。しかし、原告の主張に照らしても、「売上原価三億二、〇九二万一、八五三円」という記載が何故に措置法六五条の六第一項に規定する損金経理となるのか、その根拠が不明であり、また、金額自体も不一致である「圧縮買換引当金一億七、七六四万二、四六七円」という記載がいかなる客観的解釈で右損金経理に対応する「引当金勘定繰り入れ」になるのか、全く理解し得ないのである。要するに、原告の主張は、企業の会計原則を無視するものであって、到底是認されるものではない。

2、原告は、第一次処分が前記圧縮買換引当金を引当金勘定と特別勘定の両勘定であると認めていると主張するが、右処分は、措置法六五条の六第一項の規定を誤って適用したものであるため、第二次処分によってすでに取り消されている。

3、以上のとおりであるから、原告の経理及び申告が不明瞭であったとして被告に釈明等の義務があるかのようにいう原告の主張は、前提において失当である。原告は、資産の買換えの場合の課税の特例をゆるやかに認めるべき根拠として、その手続が難解煩雑であり、素人に完全な経理、申告を要求することは酷であるとするとともに措置法六五条の六第六項を引用しているが、そもそも、措置法は、課税の一般原則の特例を定めるものであるから厳格に解釈適用されるべきであるのみならず、たとえ、手続が難解煩雑であるとしても、そのために税理士制度が存在するのであり、それにもかかわらず、自己の経理、申告を税務知識に疑問を抱かせる第三者に委任した原告としては、それから生じる不利益を当然負担すべきである。また、措置法六五条の六第六項は、単なる宥恕規定にすぎず、原告主張のような内容の規定ではない。

なお、期間延長承認申請書の「その他参考となるべき事項」欄に原告主張のような記載のあったことは認められるが、その記載は抹消されていて、代表取締役の訂正印も押印されており、右の記載のあったことを原告主張の根拠とすることはできない。また、同申請書添付別紙裏面に「(所在)中野区中央四-一-七、(種類及び構造)土地・鉄骨鉄筋コンクリート造五階建物、(備考)賃貸中」と記載されていることは、原告主張のとおりである。しかし、右資産が記載されているのは、「取得しようとする買換資産の内容」欄であり、しかも、その価額は、建物五、七八九万八、六二一円、土地一、七〇六万七、三七六円であり、原告が当初事業年度に取得して買換資産にしたと主張する別紙二の一記載の資産のいずれとも相違していることからすれば、備考に「賃貸中」と記載されていることのみによって、右資産が当初事業年度中に取得した措置法六五条の六第一項に規定する買換資産と認めることは、不可能である。

二、原告の反論三について

第二次処分は、第一次処分が誤った規定の適用をしていたので、これを取り消したにすぎず、たとえ、それが原告にとって不利益なものであったとしても、なんら禁反言の原則ないし信義則に反するものではない。ましてや、本件更正処分と第一次、第二次各処分とは無関係なのであるから、原告の主張は失当である。

また、措置法は、法人が特定の資産の譲渡をした場合において、その譲渡の日を含む事業年度において同法六五条の六第一項の規定の適用を求めるか、あるいは同法六五条の七第一項の規定の適用を求めるかは、当該法人の自由な選択に委ねているところであり、たとえ、原告が買換資産を取得済みであろうとも、原告がそれに応じた経理及び申告をしない以上、被告としては、同法六五条の六第一項の規定を適用することはできないのである。したがって、本件更正処分が租税法律主義ないし実質主義に反するものでないことは、明らかである。

三、原告の反論四について

第二次処分は、第一次処分を取り消したにすぎず、原告主張のように圧縮限度額の拡張を認めるという内容のものではなく、原告の主張は、第二次処分の意味、内容を誤解するものである。また、一億七、七六四万二、四六七円という特別勘定は、原告自ら設定したものであって、被告がした更正処分によって創設されたものではないのであるから、経理処理猶予期間を認めるべきとの原告の主張は失当である。

(証拠)

第一、原告

一、甲第一ないし第四号証、第五号証の一ないし一〇、第六ないし第一二号証

二、証人安居賢二の証言、原告会社代表者尋問の結果(第一、二同)

三、乙第二号証の一のうち、申請書本文下段の横線による抹消の成立は知らないが、その余の部分の成立は認める。その余の乙号各証の成立は認める。

第二、被告

一、乙第一号証、第二号証の一、二、第三ないし第六号証

二、証人安居賢二の証言

三、甲号各証の成立はすべて認める。(第四号証、第五号証の一ないし一〇、第六、第七号証は原本の存在も認める。)。

理由

一、請求原因一、二及び被告の主張一の各事実は、当事者間に争いがない。

二、そこで、本件更正処分の適否について、判断する。

1、原告の本件事業年度の確定申告書に添付されている第三五期決算報告書の貸借対照表負債の部Ⅲ引当金欄に圧縮引当金一億七、七六四万二、四六七円が計上されており、また、原告の当初事業年度の確定申告書に添付されている第三二期決算報告書の貸借対照表負債の部Ⅲ引当金欄に圧縮買換引当金一億七、七六四万二、四六七円が計上されていることは、当事者間に争いがない。

2、被告は、右第三二期決算報告書の貸借対照表に計上された圧縮買換引当金一億七、七六四万二、四六七円は措置法六五条の七第一項に規定する特別勘定であると主張するところ、成立に争いのない甲第二号証、乙第一号証、第二号証の一、二(ただし、第二号証の一のうち抹消を表わす記載の成立を除く。)によれば、原告は、当初事業年度の確定申告書に別表一四(五)(特定資産の買換えの場合の課税の特例の適用がある場合の損金算入に関する明細書)を添付しているが、その別表のうち、措置法六五条の七第一項の規定の適用を求める場合に記入すべき各欄(「対価の額の残額」欄の「対価の額の合計額」、「差引特別勘定設定の対象となりうる金額」、「同上のうち買換資産の取得に充てようとする金額」、「差引翌期へ繰り越す対価の額の合計額」の各欄及び「特別勘定に経理した金額」欄の「特別勘定に経理した金額」、「差引翌期に繰り越す特別勘定残額」の各欄)にはいずれも一億七、七六四万二、四六七円と記載されていて、措置法六五条の六第一項の規定の適用を求める場合に記入すべき欄は空欄になっていること、また、原告は、買換資産として取得しようとする千葉市郡町の土地建物(代金総額一億五、〇〇〇万円)の引渡しがその建物全体の竣工(予定、昭和四八年九月末日)を待たなければ受けられないとの理由で被告に対し昭和四七年八月三〇日措置法六五条の七第一項及び同法施行令三九条の六第一八項に基づき期間延長承認申請書を提出し、被告も、これを容れて昭和四八年四月二八日取得指定期間を同年一一月三〇日とすることを承認したことが認められる(原告が期間延長承認申請書を提出したこと及び取得指定期間が昭和四八年一一月三〇日であることは、当事者間に争いがない。)。

以上の事実による限り、原告が第三二期決算報告書の貸借対照表に計上している圧縮買換引当金一億七、七六四万二、四六七円は、措置法六五条の七第一項に規定する特別勘定であると認められる。

3、原告は、当初事業年度中に買換資産を一部取得し、他の一部を翌事業年度以降の取得指定期間内に取得する見込みであったから、右第三二期決算報告書の圧縮買換引当金一億七、七六四万二、四六七円は、措置法六五条の六第一項の引当金勘定一億一、八〇八万六、五二一円及び同法六五条の七第一項の特別勘定五、九五五万五、九四六円と認めるべきであると主張する。

しかし、第三二期決算報告書(原本の存在と成立に争いのない甲第四号証)を検討しても、右圧縮買換引当金を原告主張のように認定することは困難である。すなわち、第三二期決算報告書において、原告が

借方

引当金勘定繰入損 一億一、八〇八万六、五二一円

特別勘定繰入損 五、九五五万五、九四六円

貸方

引当金勘定 一億一、八〇八万六、五二一円

特別勘定 五、九五五万五、九四六円

といった原告の主張にそう明確な経理処理をしていないことは前掲甲第四号証から明らかである。また、前記圧縮買換引当金一億七、七六四万二、四六七円の計上に対応する損金経理が損益計算書のどの損失科目においてどのような形で行われているかも明らかではない。原告は、損益計算書の経常損益の部営業損益欄の売上原価三億二、〇九二万一、八五二円に右損益が計上されていると主張するが、金額に全く関連性がないことからいっても客観的には到底そうであるとは認めがたい。更に、原告は、貸借対照表資産の部Ⅱ固定資産欄に圧縮基礎取得額を建物八、九五一万四、七三一円、土地三、一二五万二、八三一円計一億二、〇七六万七、五六二円と記載しており、譲渡資産の譲渡対価及び譲渡原価から導びきだされる差益割合は〇・九七七八であるから、前記圧縮買換引当金一億七、七六四万二、四六七円のうち一億一、八〇八万六、五二一円(一億二、〇七六万七、六六二円×〇・九七七八)は措置法六五条の六第一項の引当金勘定と認めるべきであると主張する。しかし、前掲甲第四号証によれば、貸借対照表資産の部Ⅱ固定資産欄には建物八、九五一万四、七三一円、土地三、三六一万一、九四〇円と記載されているにすぎず、土地の金額が原告主張額と異なるのみならず、右土地、建物の記載が果して当初事業年度中に取得した買換資産を示すものであるのかどうかすら全く不明であり、更に、前記決算報告書添付の買換圧縮引当金計算書から差益割合が原告の主張する〇・九七七八であると認めることも困難である。

以上要するに、第三二期決算報告書に記載された経理内容からは、措置法六五条の六第一項適用のための経理処理がなされているとは認めることはできないのであって、前記圧縮買換引当金一億七、七六四万二、四六七円がどのような性格の勘定科目であるのかは、結局、確定申告書添付の別表一四(五)の記載等によって判断するほかはなく、これによれば、右圧縮買換引当金は措置法六五条の七第一項の特別勘定と認めるべきことは、前記認定のとおりである(右別表の記載が原告の主張するように明白な誤記であるとは認めることができない。)。

もっとも、当初事業年度の法人税について先に行われた第一次処分が右圧縮買換引当金を措置法六五条の六第一項の引当金勘定と同法六五条の七第一項の特別勘定と認定したことは、当事者間に争いがないが、証人安居賢二の証言によれば、第一次処分が右のような認定をしたのは、原告の経理、申告が原告主張のように解する余地があったからではなく、調査を行った被告所部職員が、原告の買換資産の取得そのものは一部が当初事業年度中に行われていることから、当該買換につき措置法六五条の六所定の経理、申告がなされていないにもかかわらず、原告会社代表者の意向を忖度してあえて法律上の根拠もなく同条をも適用したものであることが認められ、また、成立に争いのない乙第六号証によれば、第一次処分は、右六五条の六を適用したことが誤りであるとして第二次処分によって取り消されていることが認められる(第一次処分が第二次処分によって取り消されたことは、当事者間に争いがない。)のであり、第一次処分がなされたことをもって前記認定を左右することはできない。

4、原告は、たとえ、原告の経理、申告が不明瞭であるとしても、原告が買換資産をすでに取得していることを明らかにして課税の特例を求める意思を表示し、被告もそのことを了知している以上、被告は原告の意思にそって措置法六五条の六の規定をも適用すべきであると主張する。

しかし、措置法は、所定の経理、申告をすることを条件として特に税負担の軽減を認めているのであって、納税者においてその恩典に浴するため所定の経理、申告をしていないにもかかわらず課税庁がこれを認めることは、法律に違反するものとして許されないのみならず、特定の資産の買換えの場合において、買換資産の一部をすでに取得し、他の一部を翌事業年度以降に取得する見込みであるときに、当該買換えについて措置法六五条の六第一項と同法六五条の七第一項のいずれの規定の適用を求めるかは、納税者の自由な選択に委ねられているところであり、したがって、納税者において買換資産の一部をすでに取得しているときでも、それについて措置法六五条の六第一項の引当金を計上せず、翌事業年度以降において更に有利な他の資産を多く取得するため同法六五条の七第一項の特別勘定のみを設定することも可能なのであるから、たとえ原告が当初事業年度中に買換資産を一部取得済みであることを被告が了知していたとしても、それだけで当然に被告が同法六五条の六第一項の規定の適用を認めなければならない理由はないといわなければならない。原告の引用する措置法六五条の六第六項の規定は、確定申告書に所定の記載又は書類の添付がないときにおける宥恕規定にすぎず、所定の経理処理そのものがなされていないときにまで原告主張のような取扱いをすべきことを要求しているものではない。もとより、納税者の経理、申告に若干の不備があっても、全体として同法六五条の六第一項の規定の適用を求める趣旨が客観的に認められるときは、これに対する取扱いもおのずから異なるべきであるが、本件においては、当初事業年度の確定申告書に添付された決算報告書の経理処理及び別表一四(五)の記載内容は前記のとおりであって、これらから原告が措置法六五条の六第一項の規定の適用を求めているものと認めることは不可能というほかなく、しかも、前掲乙第一号証、第二号証の一、二及び原告代表者尋問の結果(第一回)によれば、右確定申告関係書類や前記期間延長承認申請書は原告の依頼した税理士が関与して作成、提出されたものと認められることを考えると、原告が課税の特例に関する税務上の処理手続の難解煩雑であることを理由として、自己のした経理、申告につき被告の釈明義務あるいは善解義務を云々することは当を得ないものというべきである。前記期間延長承認申請書添付別紙裏面の「取得しようとする買換資産の内容」欄に賃貸中と記載した資産が掲記されていたとしても、それは単に取得見込みの買換資産が現に賃貸されていることを示すものと解されるにとどまり、当該資産をすでに取得してそれにつき措置法六五条の六第一項の規定の適用を求めるとの趣旨が表明されているとはみることができないし、また、右期間延長承認申請書の「その他参考となるべき事項」欄に書かれている「既に取得した買換資産の一部については・・・・・その実額を計上申告している」との記載が抹消されていることは同申請書(乙第二号証の一)によって明らかであり、弁論の全趣旨から右抹消は原告自信の意思によるものと認められるので、右記載のあったことをもって、原告主張の論拠とすることもできない。

原告は、措置法六五条の六第一項の規定の適用を認めないことが禁反言の原則、租税法律主義、税務上の実質主義、信義則に反すると主張するが、前記認定事実及び説示したところからすれば、原告の右主張が失当であることはいうまでもないところである。

5、以上のとおりであるから、原告が第三二期決算報告書の貸借対照表負債の部Ⅲ引当金欄に計上した圧縮買換引当金一億七、七六四万二、四六七円は、措置法六五条の七第一項の特別勘定と認めるべきである。

そして、成立に争いのない乙第三、四号証によれば、右圧縮買換引当金一億七、七六四万二、四六七円は、翌期以後も各確定申告書添付の貸借対照表負債の部Ⅲ引当金欄に圧縮買換引当金として同一金額のまま引き継がれていることが認められるので、これに続いて本件事業年度の確定申告書添付の第三五期決算報告書の貸借対照表負債の部Ⅲ引当金欄に記載されている圧縮引当金一億七、七六四万二、四六七円は前記圧縮買換引当金と同一のものであると認めるのが相当であり、また、被告が承認した買換資産の取得指定期間が昭和四八年一一月三〇日であることは前記2のとおりであるから、右取得指定期間を経過する日において、なお、原告が特別勘定一億七、七六四万二、四六七円を残存させていたことは明らかである。してみれば、右一億七、七六四万二、四六七円は、措置法六五条の七第四項の規定により本件事業年度の所得の金額の計算上、益金の額に算入されなければならないものである(原告が昭和四八年九月二五日別表二の二記載の土地建物を取得したことは当事者間に争いがないが、これについても、特別勘定を取りくずして損金経理をしていない以上、右資産の圧縮基礎取得価額に差益割合を乗じて計算した金額を益金算入から除外することはできない。)。

これに対して、原告は、第一次処分を取り消した第二次処分によってはじめて右一億七、七六四万二、四六七円につき措置法六五条の六第一項及び六五条の七第一項所定の経理をすることが可能になったとして、第二次処分がなされた昭和五一年三月三一日から社会通念上合理的と認められる経理処理猶予期間を認めるべきであるのに、第二次処分と同時に本件更正処分をしたのは違法であると主張する。しかし、原告は、第一次処分前においてすでに右一億七、七六四万二、四六七円を特別勘定として経理していたものであり、これを右措置法所定の経理に改めることが第一次処分によって制限されていたわけではなく、また、第二次処分によって特別勘定が創設されたわけでもないのであって、原告の右主張は前提において失当である。なお、原告は、本件更正処分後である昭和五二年二月一六日に被告に対して嘆願書(甲第六号証)を提出し、経理、申告の訂正を申し立てているが、これによって本件更正処分が影響を受けるものでないことは当然である。

三、以上によれば、本件更正処分が原告の第三五期決算報告書の貸借対照表に計上していた圧縮引当金一億七、七六四万二、四六七円を益金に加算したことは正当であり、右金額を原告の確定申告に係る欠損金額に加算した一億七、七五五万七、四三三円から、被告の自認する繰越欠損金五四七万五、八六五円(これを越える額の欠損金があったことの主張、立証はない。)を控除すると、原告の本件事業年度の所得金額は、本件更正処分が認定した一億七、二〇八万一、五六八円となり、本件更正処分に違法はなく、原告の本訴請求は理由がない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 川崎和夫 裁判官 菊池洋一)

別紙一 譲渡資産

一、東京都中野区中央四丁目一〇九番一号

同 三号

同 一〇七番四号

(以上、日興マンションの敷地)

右三四三・四二坪のうち二七八・二六坪の借地権

売却代金 一億六、二四九万〇、〇七九円

二、東京都中野区中央四丁目一〇七番二二号

(以上、富士シャトーの敷地)

右一五二・五二坪のうち三八・五八坪の借地権

売却代金 二、五二四万五、五四五円

別紙二 買換資産

一、買換済資産

1(一) 日興マンション敷地所有権

三四三・四二坪のうち六五・一六坪

取得代金 四四三万四、九〇五円

(二) 日興マンション建物の一、二階の一部

取得代金 三、一六一万六、一一〇円

2(一) 富士シャトーの敷地所有権

一五二・五二坪のうち一一三・九三坪

取得代金 一、五五六万六、四九五円

(二) 富士シャトーの建物の二ないし五階の一部

取得代金 五、七八九万八、六二一円

3、東京都中野区中央四丁目一〇七番四一号

同 四二号

同 一〇九番一二号

同 一三号

同 一四号

(以上、富士シャトー駐車場の土地所有権)

三一九・七一平方メートル

取得代金 一、一二五万一、四三一円

二、買換予定資産

千葉市郡町三〇五番三の土地建物

取得代金 七、五〇三万九、一九一円

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例